障がいのあるお子さんやご家族を持つ方の多くが、「自分がいなくなったあと、この子の生活費や医療費はどうなるのだろう」という思いを抱えながら日々を過ごしていらっしゃるのではないでしょうか。その不安に向き合う選択肢の一つとして、税制上大きな優遇が用意されているのが「特別障害者扶養信託(特定贈与信託)」です。
この制度は、財産を信託銀行等に託し、ご本人の生活費・医療費として定期的に受け取れるようにしながら、贈与税を大きく非課税にできる仕組みです。ただし、非課税枠の大きさだけに注目してしまうと、使い道の制限や信託銀行ごとの違いなど、実務上知っておくべき点を見落としてしまうこともあります。
本記事では、特別障害者扶養信託の非課税枠の仕組み、手続きの流れ、信託銀行を選ぶ際の実務的なポイント、生命保険の非課税枠との組み合わせ方、遺言信託・家族信託との違いまでを、当事者ご本人・ご家族のお気持ちに寄り添いながら解説します。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、法律・税務・福祉制度に関する個別の助言ではありません。信託契約の締結や税務申告など具体的な手続きについては、税理士・弁護士・信託銀行に必ずご相談ください。記事内の制度・税制情報は作成時点(2026年9月)のものであり、法改正等により変更される場合があります。
特別障害者扶養信託(特定贈与信託)とは
特別障害者扶養信託は、正式には「特定贈与信託」と呼ばれる制度で、ご家族などが金銭や有価証券、不動産といった財産を信託銀行等に信託し、その財産から障がいのあるご本人(受益者)へ生活費・医療費が定期的に交付される仕組みです。
この制度の大きな特徴は、信託した財産のうち一定額まで贈与税が非課税になるという点にあります。通常であれば、まとまった財産を一度に贈与すると高額な贈与税が発生しますが、この制度を活用することで、ご本人の生活を経済的に支えながら、税負担を大きく抑えることができます。
なお、障がいのあるお子さんの「親亡き後」の備え全体(成年後見制度との組み合わせ方など)については、障がいのある子の「親亡き後」対策|成年後見制度と特別障害者扶養信託の活用ガイドで全体像をご紹介していますので、あわせてご確認ください。本記事では、特定贈与信託そのものの仕組みと実務に絞って詳しく解説します。
特別障害者(6,000万円)と特定障害者(3,000万円)の違い
特定贈与信託の非課税限度額は、受益者となる方の障がいの程度によって次のように分かれています。
| 区分 | 非課税限度額 | 主な対象 |
|---|---|---|
| 特別障害者 | 6,000万円 | 身体障害者手帳1級・2級をお持ちの方、精神障害者保健福祉手帳1級をお持ちの方、重度の知的障がいと判定された方など |
| 特別障害者以外の特定障害者 | 3,000万円 | 精神障害者保健福祉手帳2級・3級をお持ちの方、中軽度の知的障がいと判定された方など |
どちらの区分に該当するかによって非課税限度額が変わるため、ご本人の手帳の等級や判定内容を確認したうえで、税理士・信託銀行に相談しながら手続きを進めることが大切です(出典:信託協会「特定贈与信託」)。
通常の贈与・相続との違い|なぜ一括で非課税にできるのか
通常の贈与では、年間110万円を超える部分に贈与税が発生します。まとまった財産を一度に渡そうとすると、贈与税の負担は決して小さくありません。
特定贈与信託は、この「一括贈与への課税」という制約を、信託という仕組みを通すことで緩和する制度です。財産を信託銀行等に信託し、そこから受益者へ定期的に生活費・医療費を交付する形を取ることで、特別障害者は6,000万円、特定障害者は3,000万円までの部分について贈与税が課されません。まとまった財産を、ご本人の生活の安定のために計画的に活用できる点が、通常の贈与にはない大きなメリットです。
信託の仕組み|委託者・受益者・受託者の関係
特定贈与信託には、次の3者が登場します。
- 委託者:財産を信託する人(親などのご家族)
- 受益者:信託財産から生活費・医療費を受け取る人(障がいのあるご本人)
- 受託者:信託財産を管理・運用する信託銀行等の金融機関
委託者が信託銀行等との間で信託契約を結び、金銭などの財産を信託します。その後、受託者である信託銀行等が財産を管理し、あらかじめ定めた方法で受益者へ生活費・医療費を定期的に交付します。受託者になれるのは信託業務を行う信託銀行・信託会社に限られており、家族や親族が受託者になる家族信託(民事信託)とは、この点で明確に異なります。
手続きの流れ
特定贈与信託を利用する際の大まかな流れは、次のとおりです。
- 信託銀行等への相談:制度の対象になるか、どの程度の財産を信託できそうかを確認します。
- 信託契約の締結:委託者と信託銀行等との間で、信託する財産や交付方法について契約を結びます。
- 「障害者非課税信託申告書」の提出:信託契約に基づき、所定の申告書を信託銀行等を経由して税務署に提出します(出典:国税庁「B1-19 障害者非課税信託申告の手続」)。
- 信託の開始:契約内容に基づき、信託財産の管理と生活費・医療費の交付が始まります。
必要書類や手続きの詳細は信託銀行等によって異なるため、事前に窓口で確認することをおすすめします。
信託銀行ごとの実務比較|最低信託額・手数料の目安
特定贈与信託は、どの信託銀行等を選ぶかによって、最低信託額や手数料に違いがあります。契約を検討する際は、次のような観点で複数の金融機関を比較することをおすすめします。
| 比較項目 | 一般的な目安 | 確認のポイント |
|---|---|---|
| 最低信託額 | 目安として数百万円〜1,000万円程度 | 金融機関により下限が異なるため事前確認が必須 |
| 信託設定時の手数料 | 信託元本に対して数%程度 | 契約時に一括でかかる費用として資金計画に織り込む |
| 信託期間中の管理報酬 | 信託財産の残高等に応じて発生 | 長期間にわたり継続的にかかる費用として比較する |
| 追加信託の可否 | 金融機関により対応が異なる | 将来的に財産を追加したい場合は事前に確認しておく |
これらの条件は金融機関によって幅があり、また改定される可能性もあるため、実際に契約する際は複数の信託銀行に問い合わせ、条件を比較したうえで判断することを強くおすすめします。
注意点・デメリット
税制上のメリットが大きい一方で、特定贈与信託には次のような注意点があります。あらかじめ理解したうえで検討することが大切です。
使い道が生活費・医療費に限定される
信託財産から交付されるお金は、受益者ご本人の生活費・医療費として使うことが前提とされています。生活に必要のない目的での支出や、株式などへの投資に充てることはできません。
原則として中途解約ができない
いったん信託契約を結ぶと、原則として途中で解約することはできません。まとまった資金を長期間にわたって信託することになるため、契約前に資金計画や将来の見通しをよく検討しておく必要があります。
受益者が亡くなった時点で信託が終了する
特定贈与信託は、受益者であるご本人が亡くなった日に終了することとされており、この期間を任意に変更することはできません。信託終了時に残った財産(残余財産)がどのように扱われるかは契約内容によって異なるため、契約時にあらかじめ確認しておくことが重要です。
非課税枠を超えた部分には課税される
信託した財産が非課税限度額(6,000万円または3,000万円)を超える場合、超えた部分については贈与税や相続税の対象になります。財産全体の額を踏まえ、非課税枠内でどこまで信託するのが適切か、税理士に相談しながら検討することをおすすめします。
生命保険の非課税枠との組み合わせ効果
相続対策を考える際、特定贈与信託と合わせて検討したいのが、生命保険の相続税非課税枠です。生命保険金には「500万円×法定相続人の数」という非課税枠があり、この枠と特定贈与信託を組み合わせることで、財産全体の税負担をより効果的に抑えられる可能性があります。詳しい仕組みは生命保険の相続税非課税枠(500万円×法定相続人)の記事で解説していますので、あわせてご確認ください。
どちらの制度をどの程度活用するのが適切かは、財産の内容やご家族の状況によって異なります。生命保険の受取人を障がいのあるお子さんに指定するかどうかも含め、税理士と相談しながら全体設計を考えることをおすすめします。
相続税の計算・小規模宅地等の特例との関係
特定贈与信託によって信託した財産は、一定の要件のもとで相続財産への算入が回避される扱いとなりますが、これは信託財産そのものに関するルールであり、ご自宅の土地などにかかる小規模宅地等の特例とは別の制度です。両方の制度を正しく組み合わせるには、相続財産全体の内容を踏まえた総合的な試算が欠かせません。「どの財産をどの制度で守るのが最適か」は個々のご家庭の状況によって大きく異なるため、税理士に相談し、具体的な試算をしてもらうことを強くおすすめします。
遺言信託・家族信託との違い
「信託」という言葉には複数の種類があり、混同されやすいため整理しておきます。
- 特定贈与信託:信託銀行等を受託者とし、障がいのあるご本人の生活費・医療費を非課税で支える制度
- 遺言信託:遺言によって、亡くなったあとの財産の管理・承継方法を信託銀行等に託す仕組み(生前の生活支援を目的とした特定贈与信託とは目的が異なります)
- 家族信託(民事信託):家族・親族を受託者として財産管理を任せる仕組み。柔軟な設計が可能な一方、受託者は信託業の免許を持たないため、特定贈与信託の非課税制度は利用できません
このほか、公益的な目的のために財産を託す公益信託という制度もあり、公益信託とは?2026年4月施行の新制度をわかりやすく解説の記事でご紹介しています。目的に応じて信託の種類を使い分けることが、ご本人・ご家族にとって適切な備えにつながります。
エンディングノートで信託契約情報を記録しておく重要性
特定贈与信託を契約した後、その内容をご家族間でどう共有しておくかも大切な備えの一つです。契約した信託銀行の名称・担当窓口、信託した財産の内容、受益者であるご本人の状況などは、ご本人以外のご家族が把握しておくべき重要な情報です。
万一の際に、ご家族がすぐに信託銀行へ連絡し、必要な手続きを進められるよう、これらの情報をエンディングノートに記録しておくことをおすすめします。デジタル終活を安全・簡単に進めたい方は、DENのモニター募集をご確認ください。
DENは、相続・遺言・終活に関する大切な情報を暗号化して安全に保管するデジタル終活サービスです。信託契約や受益者に関するデリケートな情報も、安心して記録・保管しておくことができます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 特定贈与信託は、どんな障がいのある方が対象になりますか?
A1. 身体障害者手帳・精神障害者保健福祉手帳・療育手帳などの内容に基づき、特別障害者または特定障害者に該当する方が対象となります。具体的にどの区分に該当するかは、手帳の等級や判定内容によって異なるため、信託銀行や税理士に確認しながら進めることをおすすめします。
Q2. 非課税枠を使い切らずに信託する場合、税金はどうなりますか?
A2. 非課税限度額の範囲内であれば贈与税はかかりません。非課税限度額に達していない場合でも、その範囲内での追加信託が可能かどうかは信託銀行等の商品内容によって異なるため、事前に確認することをおすすめします。
Q3. 信託したお金は、どのように受益者に渡されますか?
A3. 契約内容に基づき、信託銀行等から受益者へ生活費・医療費として定期的に金銭が交付されます。交付の頻度や金額は契約時に取り決める内容によって異なります。
Q4. 委託者である親が亡くなった後も、信託は続きますか?
A4. はい。特定贈与信託は委託者の死亡によって終了するものではなく、受益者であるご本人が亡くなる日まで継続する仕組みです。そのため、「親亡き後」の生活を経済的に支える備えとして活用されています。
Q5. 家族信託と特定贈与信託は、どちらを選べばよいのでしょうか?
A5. どちらか一方を選ぶというより、目的に応じて使い分けたり組み合わせたりするケースが多く見られます。非課税の税制メリットを重視するなら特定贈与信託、財産管理の柔軟性を重視するなら家族信託が向いている場合がありますが、最適な組み合わせはご家庭の状況によって異なるため、専門家に相談しながら検討することをおすすめします。
Q6. 信託銀行によって条件が違うのはなぜですか?
A6. 特定贈与信託の非課税枠や基本的な仕組みは法令で定められていますが、最低信託額や手数料、追加信託の可否といった具体的な商品設計は各信託銀行が個別に定めています。そのため、複数の信託銀行に問い合わせて条件を比較することをおすすめします。
まとめ|非課税の大きさだけでなく、ご本人の生活全体を見据えて検討を
特定贈与信託は、障がいのあるご本人の生活を経済的に支えながら、特別障害者は6,000万円、特定障害者は3,000万円までの贈与税を非課税にできる、税制上とても意義のある制度です。一方で、使い道の制限や中途解約の難しさ、信託銀行ごとの条件の違いなど、実務上理解しておくべき点も少なくありません。
生命保険の非課税枠との組み合わせ、遺言信託・家族信託との使い分けも含め、ご本人・ご家族にとって最適な備えの形は、財産の内容やご家庭の状況によって異なります。制度の活用を検討する際は、税理士・弁護士・信託銀行に早めに相談し、専門家の視点を交えながら、ご本人が安心して暮らしていける仕組みを一緒に考えていただくことを強くおすすめします。
あわせて、信託契約の内容やご本人の生活に関する情報をエンディングノートに記録しておくことも、ご家族にとって将来の安心につながる備えの一つです。DENは、相続・遺言・終活に関する大切な情報を暗号化して安全に保管するデジタル終活サービスです。現在、サービス開始に向けてモニターを募集しています。詳細はこちらからご確認ください。
なお、「親亡き後」問題全体への備えや、生命保険の非課税枠、公益信託については、関連記事で詳しく解説していますので、あわせてご確認ください。
関連記事
– 障がいのある子の「親亡き後」対策|成年後見制度と特別障害者扶養信託の活用ガイド
– 生命保険の相続税非課税枠(500万円×法定相続人)の記事
– 公益信託とは?2026年4月施行の新制度をわかりやすく解説
参考
– 信託協会「特定贈与信託」
– 国税庁「B1-19 障害者非課税信託申告の手続」
(本記事は2026年9月時点の情報に基づいて作成しています。制度・税制情報は今後の改正により変わる場合があります。信託契約の締結や税務申告、ご本人の状況に応じた最適な制度選択については、税理士・弁護士・信託銀行に早めにご相談ください。)


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