「最近、母の物忘れが少し増えた気がする」——そう感じても、「年のせいだろう」「まだ大丈夫」と、つい先延ばしにしてしまう方は少なくありません。しかし認知症は、発症してしまってからでは打てる対策が大きく限られてしまう病気です。任意後見契約も、家族信託も、有効な遺言書も、本人の判断能力があるうちにしか結べません。
厚生労働省の最新推計では、認知症の高齢者は2025年に約471.6万人、2040年には約584.2万人に達すると見込まれています。以前は2040年に800万人を超えるとする推計も広く知られていましたが、生活習慣病対策の普及などにより、直近の推計では下方修正されました。それでも、65歳以上の6〜7人に1人が認知症という状況は変わらず、誰にとっても身近なリスクであることに変わりはありません。
本記事では、「発症してしまった後にどう対応するか」ではなく、「発症する前に何に気づき、何を準備しておくべきか」に絞って解説します。発症後の成年後見制度の使い方や注意点については、関連記事で詳しく取り上げていますので、そちらもあわせてご確認ください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、医療・法律・税務相談ではありません。認知症の診断や治療については必ず医師にご相談ください。法的な手続きについては、弁護士・司法書士など専門家にご相談ください。記事内の情報は作成時点のものであり、制度改正や医学的知見の更新により内容が変わる場合があります。
認知症になると何ができなくなるのか|逆算で見る早期発見の重要性
「早期発見が大切です」と言われても、具体的に何がどう変わるのかがわからなければ、行動には移せません。ここでは、認知症の進行によって「できなくなること」から逆算し、なぜ「今」動くべきなのかを整理します。
まず、判断能力が低下すると、任意後見契約を新たに結ぶことができなくなります。任意後見契約は、本人が「まだ元気なうちに」将来の後見人を自分で選び、公正証書で契約を結んでおく制度です。判断能力が失われたと医師や裁判所が判断した後は、この契約を新たに締結することはできず、家族が家庭裁判所に法定後見の申立てをするしかなくなります。法定後見は後見人を家族が選べないケースが多く、専門家が選任された場合は報酬が本人の財産から継続的に支払われる仕組みです(詳しくは法定後見制度の7つの問題点|月2〜6万円の報酬が死ぬまで続く理由と発症前にやるべき3つの対策で解説しています)。
次に、家族信託も同様に、判断能力があるうちにしか契約を結べません。信頼できる家族に財産の管理・運用を託す家族信託は、認知症対策として近年広がっていますが、契約時点で本人の意思能力が疑わしいと、後になって契約自体の有効性が争われるリスクがあります。
そして遺言書も例外ではありません。判断能力が低下した状態で作成した遺言書は、相続開始後に「本当に本人の意思だったのか」をめぐって相続人同士のトラブルに発展することがあります。有効な遺言書を確実に残すには、判断能力がしっかりしているうちに作成しておく必要があります。
つまり、任意後見・家族信託・遺言書という主要な備えは、すべて「発症前」という同じ時間軸の中でしか選べない選択肢なのです。「まだ大丈夫」という過信こそが、これらの選択肢を静かに奪っていく最大のリスクだといえます。
見逃さないで|早期発見のための10のサイン【チェックリスト】
認知症の早期発見において重要になるのは、日常生活の中の小さな変化です。公益社団法人「認知症の人と家族の会」も、もの忘れ・判断力・時間感覚・性格・意欲という複数の観点から日常のサインを整理する取り組みを行っています。以下は、そうした観点を参考にしながら独自に整理した10項目のチェックリストです。本人自身のセルフチェックにも、家族が本人の様子を見て気づくためのチェックにも活用できます。
- 同じ話や同じ質問を、数分のうちに繰り返すようになった
- 今日の日付や曜日を、以前よりも頻繁に間違えるようになった
- 家電の操作や料理の手順など、慣れていたはずのことでミスが増えた
- 財布や鍵を置いた場所がわからなくなり、「誰かに盗られた」と思い込むことがある
- 通い慣れた道で迷ったり、目的地がわからなくなったりしたことがある
- 些細なことで急に怒ったり、以前より疑い深くなったりした
- 身だしなみへの関心が薄れ、着替えや入浴を面倒がるようになった
- 趣味や外出への興味が薄れ、一日中ぼんやりしていることが増えた
- 約束や予定を頻繁に忘れ、手帳やメモを見ても思い出せないことがある
- 家計や書類の管理でミスが増え、請求書の支払い忘れなどが目立つようになった
これらの項目のうち複数が半年以上続けて見られる場合は、加齢による自然なもの忘れの範囲を超えている可能性があります。一つでも強く当てはまるものがあれば、次の章で紹介する方法で早めに確認することをおすすめします。なお、このチェックリストはあくまで日常生活における気づきのための目安であり、医学的な診断基準ではありません。診断は必ず医師の判断によります。
MCI(軽度認知障害)とは|認知症との決定的な違い
早期発見の話をするうえで欠かせないのが、MCI(Mild Cognitive Impairment、軽度認知障害)という概念です。競合する多くの終活メディアでは「認知症」という括りで一般的に解説されることが多いのですが、実際には「認知症の一歩手前」にあたるMCIという段階を正しく理解しているかどうかで、その後の選択肢が大きく変わります。
MCIとは、記憶力や判断力に軽度の低下は見られるものの、日常生活は自立して送れている状態を指します。認知症の診断基準を満たすほどではないものの、健常な状態とも言い切れない、いわば「グレーゾーン」です。
MCIと認知症の最大の違いは、「引き返せる可能性が残っているかどうか」にあります。認知症は、いったん進行してしまうと根本的に治す治療法は確立されていません。一方でMCIの段階であれば、生活習慣の改善や適切な治療的介入によって、健常な状態まで機能が回復する例が報告されています。また、バイオマーカー検査でアルツハイマー病を背景とするMCIと診断された場合は、進行を遅らせる薬剤の投与対象になり得るケースもあります。
つまりMCIは、「認知症になるかどうかが、まだ分かれ道の途中にある段階」と言い換えられます。だからこそ、「認知症かどうか」だけを気にするのではなく、「MCIの段階で気づけているかどうか」という視点を持つことが、早期発見の本当の意味だといえるでしょう。
早期発見の方法|今日からできる3つのアクション
チェックリストで気になる項目があった場合、次にとるべき行動は次の3つです。
① かかりつけ医に相談する
「認知症かもしれない」と感じたら、まず身近なかかりつけ医に相談することをおすすめします。専門の物忘れ外来やもの忘れクリニックでなくても、かかりつけ医から適切な専門医療機関を紹介してもらうことができます。本人が受診を嫌がる場合は、まず家族だけで相談に行き、対応方法を聞くことも可能です。
② 医療機関で認知機能検査を受ける
医療機関では、認知機能の状態を客観的に評価するための検査が行われます。代表的な検査法として長谷川式簡易知能評価スケールなどが知られていますが、検査の具体的な内容や採点方法については、著作権および実施上の理由から本記事では詳細を割愛します。検査を希望する場合は、かかりつけ医や専門の医療機関に相談してください。
③ 市区町村の無料検査・相談窓口を利用する
多くの市区町村では、地域包括支援センターなどを通じて、認知症に関する無料の相談窓口や簡易チェックの機会を提供しています。医療機関を受診する前段階として、まずこうした公的な窓口に相談してみるのも一つの方法です。お住まいの自治体の窓口や、厚生労働省の認知症施策関連ページで最寄りの相談先を確認できます。
発症前にやるべき5つの準備【優先順位付き】
ここからは、MCIの段階、あるいは判断能力がまだしっかりしているうちに着手しておきたい5つの準備を、優先度の高い順に紹介します。いずれも「発症してからでは選べなくなる」という共通点があります。
① 任意後見契約
将来、判断能力が低下したときに備え、自分が信頼する人を後見人として自分で選び、公正証書で契約しておく制度です。財産管理の内容や後見人の権限をあらかじめ具体的に決めておけるため、家庭裁判所が後見人を選ぶ法定後見よりも、本人の意向を反映しやすいという特徴があります。法定後見との違いや、発症後に法定後見を選ばざるを得なくなった場合のデメリットについては、法定後見制度の7つの問題点で詳しく解説しています。
② 家族信託
信頼できる家族に不動産や預貯金の管理・運用を託しておく仕組みです。成年後見制度と異なり、裁判所の許可を都度得ることなく、あらかじめ定めた範囲で柔軟に財産を活用できるのが特徴です。ただし身上監護(介護施設の契約や医療同意など)には対応できないため、任意後見契約と組み合わせて使うのが一般的です。成年後見制度と家族信託の使い分けについては、成年後見制度の「闇」を回避する4つの方法|家族信託・共同後見・生前贈与・死後事務委任を徹底比較で詳しく取り上げています。
③ 遺言書の作成
判断能力がしっかりしているうちに、公正証書遺言などの有効な形で遺言書を残しておくことも重要です。特に、認知症の症状が進んでからの遺言書は「作成時点の意思能力」をめぐって相続人同士のトラブルに発展しやすいため、できるだけ早い段階での作成が望ましいとされています。
④ エンディングノートで意向・財産情報を記録する
遺言書のような法的効力はないものの、エンディングノートには「かかりつけ医は誰か」「服薬している薬は何か」「介護が必要になったときにどうしてほしいか」といった、法律だけではカバーしきれない本人の意向を記録できます。認知症は、症状が進行してから本人に意向を確認することが難しくなる病気だからこそ、判断能力があるうちに希望を書き残しておく意味は大きいといえます。デジタル終活を安全・簡単に進めたい方は、DENのモニター募集をご確認ください。
⑤ 財産目録の作成
預貯金口座、不動産、保険、有価証券などの財産を一覧化しておくことも欠かせません。判断能力が低下してからでは、本人以外は財産の全体像を把握できず、家族信託や任意後見の手続きそのものが滞る原因になります。財産管理を第三者に託す手続きの基本については、財産管理委任契約とは?親の認知症前にできる財産管理の方法を徹底解説もあわせてご覧ください。財産目録の情報も、エンディングノートの一部として記録しておくと管理がしやすくなります。デジタル終活を安全・簡単に進めたい方は、DENのモニター募集をご確認ください。
「今日が一番早い日」|先延ばしにしないための考え方
任意後見契約も、家族信託も、遺言書も、そしてエンディングノートも、共通しているのは「判断能力があるうち」という同じ期限を持っていることです。この期限がいつ訪れるかは、本人にも家族にも正確には分かりません。だからこそ、「まだ大丈夫」と感じている今この瞬間が、実は準備を始められる一番早いタイミングだといえます。
チェックリストに当てはまる項目がなかった方も、備えを先延ばしにする理由にはなりません。むしろ、心身ともに元気なうちに準備を整えておくことこそが、将来「気づいたときにはもう遅かった」という後悔を防ぐ最も確実な方法です。DENは、相続・遺言・終活に関する大切な情報を暗号化して安全に保管するデジタル終活サービスです。現在、サービス開始に向けてモニターを募集しています。詳細・事前予約はこちらからご確認ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. MCI(軽度認知障害)と診断されたら、まず何から始めればよいですか?
A1. 医師の指示に従って生活習慣の改善や必要な治療を進めることが第一です。そのうえで、判断能力があるうちにしかできない任意後見契約・家族信託・遺言書の準備について、この段階で検討を始めることをおすすめします。
Q2. 本人が「認知症のはずがない」と受診や検査を嫌がる場合はどうすればよいですか?
A2. まずは家族だけでかかりつけ医や地域包括支援センターに相談し、本人にどう声をかければよいか助言をもらう方法があります。本人の自尊心を傷つけないよう、「健康診断の一環」といった形で誘うなど、工夫している家族も少なくありません。
Q3. 認知機能検査には費用がかかりますか?
A3. 医療機関で保険診療として検査を受ける場合は、通常の診察と同様に自己負担が発生します。市区町村が実施する相談窓口や簡易チェックは、無料または低額で利用できる場合が多いため、まずは自治体の窓口に確認するとよいでしょう。
Q4. 軽い物忘れの症状が出てからでも、任意後見契約や遺言書は作成できますか?
A4. 契約や遺言の作成には、その時点での意思能力が必要です。軽度の物忘れがあってもただちに意思能力がないと判断されるわけではありませんが、判断が微妙なケースでは後から有効性が争われるリスクがあります。少しでも早い段階、できれば違和感を覚えた「今」のうちに専門家に相談することが望ましいといえます。
Q5. 家族信託と任意後見は、どちらか一方だけを選べばよいのですか?
A5. 両者は役割が異なります。家族信託は財産の管理・運用に強い一方、身上監護には対応できません。任意後見は身上監護もカバーできるため、財産管理は家族信託、身上監護は任意後見というように、組み合わせて活用するケースが一般的です。
Q6. 早期発見のメリットは、治療以外にもありますか?
A6. あります。判断能力があるうちに任意後見・家族信託・遺言書・エンディングノートといった法的・実務的な備えを整えられることも、早期発見の大きなメリットです。発症後に慌てて対応するよりも、本人の意向を確実に反映した形で準備を進められます。
まとめ|気づいたら、その日のうちに動き出す
認知症は、2025年時点で約471.6万人、2040年には約584.2万人と推計される、誰にとっても身近な病気です。重要なのは、発症してしまってから対策を考えるのではなく、もの忘れや判断力の変化といった小さなサインに気づいた段階、あるいはMCI(軽度認知障害)の段階で、任意後見契約・家族信託・遺言書・エンディングノート・財産目録という5つの備えに着手することです。これらはいずれも、判断能力があるうちにしか選べない選択肢だからです。
「まだ大丈夫」という過信を手放し、気づいたその日から準備を始めること。それが、将来の自分自身と家族を守る、もっとも確実な方法です。認知症の診断や治療については医師に、任意後見・家族信託・遺言書などの手続きについては弁護士・司法書士など専門家に、それぞれ早めに相談することをおすすめします。
なお、発症後の成年後見制度の使い方や注意点については、関連記事で詳しく解説していますので、あわせてご確認ください。
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参考
– 厚生労働省「認知症施策について」
– 公益社団法人 認知症の人と家族の会「認知症早期発見のめやす」
– 日本公証人連合会
(本記事は2026年8月時点の情報に基づいて作成しています。認知症の診断・治療については医師に、法的手続きについては弁護士・司法書士など専門家にご確認ください。)


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